お知らせ
月刊すみよし著者紹介
〜照沼好文氏〜
昭和三年茨城県生まれ。元水府明徳会彰考館副館長。
著書『人間吉田茂』等多数。昭和六一年「吉田茂賞」受賞。
平成25年帰幽
〜風呂 鞏氏〜
早稲田大学大学院卒、比治山大学講師
月刊 「すみよし」
「祈年祭と米」
宮司 森脇宗彦
平成二十七年乙未歳の新春を迎え謹んで
皇室国家の弥栄と氏子崇敬者の皆様の
ご清福を衷心よりお祈り申し上げます。
昨年は夏の天候不順のため、日照不足などで、米の生育が十分でなかつた。昨年の作況指数は広島県では九十五。例年に比べて悪い結果となった。
五十年も続いた減反政策によって米つくりの農地は、縮小されてきた。減反された水田が他の農作物に転用栽培されているのは少ない。減反の水田は、荒地となっているのが現状であろう。減反された荒地となった水田のあとを見ると、日本人の心が荒れているようにうつるのは私一人なのであろうか。
また、農作物の輸入自由化は進んでいる。TPPの交渉も各国の利害のぶつかり合いから交渉は難航しているがいずれは成立することであろう。この交渉如何によっては、米つくりに大きな影響が出かねない。日本の米生産農家にとっては、関税の撤廃によって安価な外国産の米が輸入され、経営の転換を迫られることになろう。日本の米価は高いといわれているので、一般消費者にとっては朗報かもしれないが…。
「農は国の本なり」という。日本の国の本は農業であった。日本の米つくりは神勅による。
天原での行いをこの地上でおこないなさいと、天照大御神は、天孫降臨の時に皇孫ニニギノミコトに稲穂を授けられた。
《吾(あ)が高天原に所御(きこしめす)す斎庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を以て、亦吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし》
「斎庭の稲穂」の神勅である。三大神勅のひとつとして『日本書紀』に伝えられている。
米の豊穣を祈ることで日本人は暮してきた。
春のはじめの祈年祭(としごいのまつり・きねんさい)は、米の豊穣を祈念したものだ。律令の規定では、二月を祈年祭と定めている。
「手肱(たなひぢ)に水沫(みなわ)かきたり、向股(むかもも)に泥(ひぢ)かきよせて、取作らむ奥津御年」と、律令の施行細則を定めた『延喜式』の「祈年祭の祝詞(のりと)」にみえる。田つくりの耕作風景を読んでいる。現在は機械化が進みこのような農作業の原風景は見られなくなってきている。
日本で、「斎庭の稲穂の神勅」を、受け継ぎ実践されているのが天皇陛下だ。宮中の水田で種籾を播き、田植えをし、秋には収穫される。御自らされる。まことに尊い姿である。日本がここにある。神話から続いている米つくりの行為を実践される。この収穫された米をもって新嘗祭(にいなめさい)を斎行される。神代を再現されるのが天皇陛下である。天皇陛下は宮中祭祀に熱心である。しかし、宮中祭祀も米つくりがあってのものである。
ある学者は、米つくりはいまや日本の産業の主要なものではない。現在は、日本は農業国ではないという。米つくりは、いま国民の生活から乖離している。生活に密着したものではない。稲作を起源とする宮中祭祀は国民にとって意味がないとう。宮中祭祀は廃止した方がいいという。宮中の祭祀が廃止されるということは、日本がなくなるのに等しい。由々しき論というほかあるまい。
「日本人の主食は米」である。こう断言したいのはやまやまであるが、日本人は米を食べなくなっている。「和食」が平成二十五年にユネスコの世界文化遺産に登録された。和食はいまや世界に広がり、和食ブームになっているという。しかし、米の消費は増えていない。日本の文化の源流は、米つくりの生活にある。日本文化の将来は、米の消費拡大にかかっているといっても過言ではない。
日本が先の戦争に負けたのは日本人が米を食うからだ、という論が、まことしやかに唱えられた時期がある。終戦直後のころである。
当時の慶応義塾大学教授林髞(たかし)氏は「米を食うと頭が悪くなる」「日本人がこれ以上お米を食らったら、いまに第三流から、第四流になりさがる」と説いた。占領政策に一役買ったのであろう。今はこんな説は否定されているのはいうまでもあるまい。
これ幸いに、日本人は布団に寝るのがよくない、ベッドの生活がいいなどと、日本人の生活習慣のすべてが悪く、西洋風でないとこれからはだめだという論調がもてはやされたのだ。
そんな時代もあったが、米は一番経済的な食べ物という。一粒で多く収穫できる点では、穀物の中で最も優れている。耕地面積当たりの収穫量もしかりである。手間はかかるが収穫しやすいのも米なのである。
人口減少がいま日本では大問題である。日本以外の先進国でも人口減少がすすむといわれている。一方、発展途上国は人口が増加していくことが予測されている。人口増加に対応できるのは米であるかもしれない。
今一度、米つくりと日本文化を再考してほしい。
『新しき年に想う』
風呂鞏
新春早々やや不穏当な言辞かとも思うが、この国はいつ何時大きな災害が起こってもおかしくない状態になった。昨年十一月末には、突如長野県北部で地震(M六.八)があった。
幸い死者は出なかったものの、相次ぐ家屋の倒壊などで四十人もの負傷者が出た。阿蘇中岳の噴火もあり、十九年ぶりに噴石も降った。遡って九月末の御嶽山噴火もある。長野県と岐阜県の県境に位置する御嶽山(標高三〇六七m)で水蒸気爆発が発生した。死者五十七名、行方不明者六名。日本国内において噴火災害で死者を出したのは一九九一年六月雲仙普賢岳の大火砕流(死者四十三人)だが、それ以来の戦後最悪の大惨事となった。
火山の噴火と聞くと、西暦七十九年イタリア南部の古代都市ポンペイを噴出物で埋没させたヴェスヴィアス火山や、今も常時活動を続けるハワイ島南東部のキラウエア火山が想起されるが、一七〇七年(宝永四)の大噴火(宝永山が形成された)以来沈黙を続けている日本のシンボル・富士山がいつ再爆発するのか、大きな不安材料でもある。富士山については、一九九〇年五月に公開された黒沢明脚本監督の映画『夢』、その第六話「赤富士」が忘れられない。六基の原子力発電の事故で、富士山が真っ赤に焼けて溶けて行くという悪夢をテーマとしたものである。人間の愚かさが招く恐るべき終末風景を描き、自然破壊への痛烈な警告が込められている作品であった。
余談ながら、フランス領西インド諸島の一つ、マルティニーク島北方に、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が一八八八年に登頂したペレー山(海抜一三九七mの活火山)がある。「マルティニークの富士山」とハーンが称えた、その美しいペレー山は一九〇二年の五月に大噴火を発生し、人口四万人に達していた麓の町サン・ピエール(西インド諸島のパリと形容されていた)が一瞬にして火砕流の中に呑み込まれてしまった。生存者は収監されていた囚人たった一人だけであったと伝わっている。
この様な自然界の大脅威は何も地震や火山爆発だけに限ったことでなく、地球温暖化と見られる異変が全世界的な規模で増え続けているから無気味だ。森林火災、旱魃、洪水、気温急降下、ゲリラ豪雨、南極オゾンホール拡大、魚の旬のずれ、絶滅危惧種の増加などなど、不安材料を列挙すれば際限がない。
二〇〇七年一月に全国ロードショーで上映された『不都合な真実』をご記憶の方もあろうアメリカ元副大統領アル・ゴア氏の講演を中心とした映画で、著書としても出版された。 IPCC(気候変動に関する政府間パネル、一九八八年設立)の作業部会が今世紀末の地球の平均気温が最大六.四度上昇するとの報告書を出したが、この驚くべき現実に向き合わず、目を背けてきたことに対し、地球温暖化(warming)への警告(warning)を主眼としたものであった。
世界各国のエゴイズムの対立、憂慮すべき非常事態への認識の甘さなどで進まぬ対策に、昨年は国連も業を煮やした。今のままCO?を出し続けるともはや逆戻りできないリスクを各国が負っており、三十年で限界となるなど、危機感を表明。コペンハーゲンでのIPCC総会では最もCO?排出量の多いアメリカや中国も同意せざるを得ぬ状況になってきた。
ところで、広島市民にとって、昨年の最も悲痛な出来事は安佐南区と安佐北区を中心とする八月豪雨による土砂災害であろう。 深夜の物凄い雷雨、そしてゲリラ豪雨の恐怖は脳裡を去ることはない。建物の損壊は四〇〇棟を越え、床上・床下浸水は四〇〇〇以上、死者は 七十四人にも達した。復旧への道は今日なお険しい状態が続いている。
その土砂災害の現場に、昨年末十二月四日に天皇・皇后両陛下がご訪問下さった。土石流が流れた山際へ向かって深々と頭を下げられ、被災住民にはお見舞いの言葉を掛けられた。新しい年を迎える広島市民にとって、どれほど大きな励みになったか、言語では尽くし難い。
いつも国民に生きる勇気と力を与えて下さる両陛下に心底からの感謝を申し上げたい。
昨年は、 前の年の伊勢神宮における式年遷宮、出雲大社での六十年ぶりの大遷宮という奇跡のシンクロに続き、出雲大社権宮司・千家国麿さんと高円宮妃久子さまの次女・典子さんのご成婚という明るいニュースがあった。 はるか昔の先祖を同じくするカップルの誕生という誠に御目出度き慶事に全国が湧きに湧いた。
広島では昨年四月から十二月まで毎週水曜日、“神楽を楽しむ水曜日”と銘打って、広島県民文化センターで「広島神楽」定期公演があった。県内各神楽団が毎回自慢の演目二つを上演し、「広島神楽」の魅力を発信し、且つ夜の文化的賑わいを創造することを目指した。演目の中では当然のことながら、“八岐大蛇”が人気抜群、オロチを美事に退治するスサノヲの偉業に観客は陶酔した。スサノヲの偉力に肖って新しき年が天変地異の少ない佳き年となってくれるよう願うのは、やや短絡に過ぎるであろうか。爛々と輝くオロチの眼は、昨年のノーベル物理学賞に輝く青色発光ダイオード(LED)のお蔭で益々凄味が増している。
またLEDの効率的な利用は、地球温暖化の緩和に今後益々貢献するとの期待が大きい。
昨年末、高倉健と菅原文太という二大スターの相次ぐ死去があった。八十一歳で他界した菅原文太は「国家には大きな義務が二つある。一つは国民を飢えから守ることであり、もう一つは、絶対に戦争をしてはならないことだ」との名言を残した。当たり前とも取れる文言だが、これからの日本が心すべき大きな指針であることに間違いあるまい。
今年の干支は未(羊)である。新年を迎えるたびに頁を繙く諸橋轍次著『十二支物語』(大修館書店)に拠ると、古来、善や義という字は羊との因縁がある。このように羊は目出度く、性質の善いものなので、大勢が一緒になって共同一致することが出来る。群(むらがる)という字が羊に従っているものもこの故とある。羊といえば、優しい動物だというのが我々の通念になっているが、それに肖って、今年が自然の脅威少なく、戦争のない穏やかな一年となってくれることを共に祈ろうではないか。
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