お知らせ
月刊すみよし著者紹介
〜照沼好文氏〜
昭和三年茨城県生まれ。元水府明徳会彰考館副館長。
著書『人間吉田茂』等多数。昭和六一年「吉田茂賞」受賞。
平成25年帰幽
〜風呂 鞏氏〜
早稲田大学大学院卒、比治山大学講師
月刊 「すみよし」
『まど・みちおの「ぞうさん」』
風呂鞏
“人も自然も物もみな同じ”との強い思いを一生持ち続け、おおらかでユーモラスな作品を次々と発表し、時代を越えて子どもたちに親しまれてきた童謡詩人のまど・みちおさん。一九〇九年山口県に生まれたこの詩人の名前と心に残る童謡を知らぬ日本人は恐らく一人もいないであろう。二〇〇九年、周南市美術博物館で一〇〇歳を記念して開催された「まど・みちおえてん」のことを記憶している人も多いはずだ。
その国民的童謡詩人まど・みちおさんが去る二月二八日に亡くなった。一〇四歳の大往生であった。三月四日の中国新聞に載った児童文学作家神沢利子さんの追悼文「生への共感 まなざし彼方」には、“この二月、詩人は天へ召されましたが、この地上にうたは生き続けます。次々にうまれるこどもたちは、変わることなく「ぞうさん」を愛し、うたい続けることでしょう”と、故人を偲ぶ多くの日本人共有の想いが凝縮されている。
まど・みちおさんの作品は美智子皇后によって英語に翻訳された。平成四年にアメリカで「THE ANIMALS」(「どうぶつたち」)という題名で出版され、海外でも高い評価を受けた。美智子さまは、まどさんの多くの詩の中から二十編を選ばれたが、その中には、まどさんが四十二歳の時に書き、その五年後団伊玖磨が曲をつけた戦後童謡の代表曲「ぞうさん」も含まれている。 こうした事もあって、まどさんは児童文学のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞を日本人として初めて受賞したのである。
皆さんご存じの歌詞と美智子さまの美事な英訳を並べて示すと次の通りである。
ぞうさん/ ぞうさん/ おはなが ながいのね
そうよ/ かあさんも ながいのよ
ぞうさん/ ぞうさん/ だあれが すきなの
あのね/ かあさんが すきなのよ
“Little elephant, Little elephant, What a long nose you have.”
“Sure it’s long. So is my mommy’s.”
“Little elephant, Little elephant, Tell me who you like.”
“I like mommy. I like her the most.”
二〇〇二年九月、スイスのバーゼル市で開催されたIBBY(国際児童図書評議会)世界大会でのスピーチ(英語)で、美智子さまは「私は、まどさんの詩を少しずつ訳し始めてみました。私の力ではなかなかはかどらず、始めてから四年目に、ようやく八十篇の翻訳が整いました」と、誠に謙虚に述べられた。このスピーチを収録した『バーゼルより』(すえもりブックス)には、当時のIBBY会長・島多代氏の興味深い裏話も載っている。
皇后さまから頂いた手作りの小冊子には、まどさんの詩二〇編と皇后さまの訳された英語の詩が、見開きの両ページに横書きでほとんど同じ長短で書かれていました。原詩の音とイメージをなるべく忠実に英語に再現される努力をされ、いくつかの疑問点についてはまどさんのお答えを待たれ、最後に翻訳朗読されたものをテープに入れ、まどさんの了承を待たれました。詩人と詩人の出会いだったと思います。
戦後の引き揚げで生活の楽でなかったまどさんが、長男の手を引いて上野動物園へ行った時に書いた詩が「ぞうさん」だと評する新聞記事もあったようだが、まどさん自身は「わたしは象を書くために動物園へ見に行くようなことはしません」ときっぱり断言している。それどころか、「自分が自分に生まれてすばらしい」ということをテーマとしている詩であり、「人の云うことに惑わされて自分の肝心な部分を見失ってしまうのは残念」との強い気迫をこの詩に込めていることを告白している。『百歳日記』(NHK出版)に載る「お母さん」と題するエッセイから、まどさんの言葉を引用してみる。
昔、「ぞうさん」という歌を作詞しました。「ぞうさん/ぞうさん/おはなが ながいのね/そうよ/かあさんも ながいのよ」という歌ですが、あれは、自分がいちばん好きなお母さんを誇りに思う詩なのです。「世の中にこれほど鼻の長いものはいない。世界にたったひとりのお母さんと、ぼくだけが長いんだ」ということを、その子ども象自身が、それはそれは誇りをもって言うことができたと思うのであります。
ここまで読むと、美智子さまが翻訳にあたって、まどさんの気持ちをどれ程深く理解され、語彙選択と配列に細心の注意を払われていたかが判って来る。「鼻が長い」と言われれば、からかわれたと思うのが普通だが、子ゾウは誇りをもって「お母さんだってそうよ」「お母さん大好き」と言っている。この気概が“Sure”や「あのね」の“I like mommy.”の訳し方に反映されているのだ。頭韻(四つのLittle の“L”、SureとSo の“S”、そして二つの“I”)の技法は無論、リズムや音の繋がりにも絶妙な工夫が行き届いている。
筆者は普段あまり週刊誌を読むことはないが、偶々『週刊文春』三月十三日号に眼が留まった。「まど・みちお 美智子さまが英訳「ぞうさん」秘話」が載っている。要領よく纏められた内容だが、特に文末の次の文章が印象的だ。“まどさんが亡くなった翌日の三月一日、美智子さまは侍従を通じて、電話で遺族の石田氏に弔意をお伝えになったという。”
美智子皇后のお優しいお気持ちと神々しい温かみが伝わってくる。
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