住吉神社

月刊 「すみよし」

『神の島厳島』
照沼好文

ことしのNHK大河ドラマは、「平清盛」というので、清盛に縁りの深い各地では、催物など大変な熱の入れようであるが、当地の広島・厳島や、その関係機関ではPRのため、いろいろの催物など盛大に企画されているようである。

さて、私はここでふと英国貴族の出身、リチャード・ポンソンビ博士が力を注いで研究された厳島神社の神事「御烏喰式」(おとくい)が思い出された。この研究は、博士の『神道と神社の研究』(英文『著作集』第一巻所収)のなかに、「八咫烏」という論文が所載されているが、この論文をまとめるために、博士は大変苦労されたようである。

偶々、伏見稲荷にご奉仕されていた高山昇氏(故人)は、もと厳島神社に奉職されていたので、博士は同氏を訪ね、「御烏喰」(おとくい)の神事について熱心に質問されたという。その時のポ博士の様子や、神事の内容などが、高山氏の書簡から窺われる。高山氏の書簡の一節を、つぎに引用して、博士の研究を紹介しよう。

老生ポ翁と相識りしは、伏見稲荷神社在職中の十三年間に有之、折々の神社参拝には、社務所に音なはれて、何くれと語らはれ、又時には意外の質問をも受けて、大に困らされ申候中に、彼の烏の御研究中の事なりき。老生宮島の巖島神社にも多年奉職いたし居候こととて、有名なる神烏(ごがらす)、御山(みせん)の神鵜、御烏喰(おとくい)の神事など実地見聞せしこと、又聊(いささ)か研究せし事ども御話申上げ、尚子別れの神事が、対岸大野村大頭(おおがしら)神社にて毎年執行せられ、親烏が御烏喰の事を子烏に教へ置きて後、紀州熊野に飛往きて又還(かえ)らずという伝説、また実地談などいたし候処、ポ翁大に興がられ候にて候が、(中略)定めて翁の遺稿中には八咫烏を始め、烏に関する多方面の研究が、彼の明晰(めいせき)なる頭脳を以て科学的に研究せられ、結論に達せられたらんと奉存候。云々(尚、この書簡は、ポ翁の『追憶録』編集委員宛のものである。)

このように、ポ博士の研究をとおして、厳島神社の神事を知ることができたことは、この上なく有難かった。

なお、正徳五年(一七一五)年に「厳島八景」が選定されたことを知った。この八景には、有浦客船、御笠浜舗雪、谷原?鹿(びろく=なれしか)、社頭明燈、鏡池秋月、大元桜花、弥山神鵜(ごがらす)、龍宮水螢などがあげられている。(国立環境所『研究報告』第一九七号所収、青木陽三氏・榊原映子氏共編『八景の分布と最近の研究動向』参照)これらの各浦々に祭られている社を巡拝して、島を一周する「御島廻」の神事も、厳島の伝統行事として注目される。船中では神職や案内人から、各地に散在する樹木や、奇岩、地名の由緒を聞きながら、ほぼ半日を要する神事で、この「御島廻」をすませてから、正式な厳島神社各社殿に参拝する習慣であるという。

「安芸の宮島廻れば七里/七里七浦七胡子」を俚謡をいまも農山村の老人からなつかしく聞くことがある。こうした俚謡も、人びとの温かい口から口によって、今日まで受け継いできたものと思うが、瀬戸内海の一島に、美しい山容を保ち、豊かな伝説と史話を秘める神の島、厳島の自然と文化は、これからも大切に保護・伝承していかねばならない。経済の成長、物質の豊かさを願うあまり、比類のない国の歴史をわすれ精神的文化の欠如を痛感するからである。

 

『ユネスコの無形文化遺産登録』
風呂鞏

大正から百年目の昨年は卯年であった。今年二〇一二年(平成二四)は辰年である。干支は壬辰(みずのえたつ)、方位は東南東、辰の刻は午前八時およびその前後二時間内、辰の月は陰暦三月となっている。辰は十二支の中で唯一「想像上の動物」であるが、これは言わずもがなの蛇足に属するかも知れない。

竜といえば、竜頭蛇尾、登竜門といった言葉や、栃木県日光東照宮の鳴竜とか浦島太郎の物語でも有名な竜宮などを思い浮かべるが、竜は四神(青竜、朱雀、白虎、玄武)の一つで、水に棲む。鳴き声で嵐や雷雲を呼び、竜巻となって昇天、飛翔する。竜の姿は「竜に九似あり」という如く、よく見ると、角は鹿、頭は駱駝、目は鬼、身体は蛇、腹は蜃(想像上の動物)、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似ている。長い髭をたくわえ、顎の下に一枚だけ逆さに生えた逆鱗がある。触れられると激高し、触れた者を即座に殺すと謂われている。

斯くの如く数多の動物の強さと力とを一身に帯びた竜の力に与かって、昨年我が国が経験した未曾有の災難を乗り切れる年でありたいと祈る心情は自然至極であろう。その中には、神社などで竜を描いた絵馬が奉納される事例もある。昨年十一月には、神戸市中央区の生田神社で、一足早く巨大な昇り竜の絵馬(高さ約二メートル、幅約三メートル)が奉納されたことが新聞等で報道されていた。洋画家の中西勝さん(八七)が約一カ月半費やしてアクリル絵の具で制作されたらしい。絵馬に込められた願いそのままに、竜の力が災いを遠ざけ、福を招く昇り竜のような、エネルギーに満ちた年になって欲しいものだ。

 両陛下が昨年四・五月に東日本大震災の被災地をご訪問されたことは周知のことである。さらに美智子皇后は、国際アンデルセン賞優良賞に輝いた松谷みよ子の傑作童話『龍の子太郎』、その“絵本版”『たつのこたろう』(絵:朝倉摂)を、被災地の子供たちに寄贈された。勇気と感動を与える内容に加えて、今年の干支へのご配慮もあったのであろうか。

竜に関して今一つ忘れてならぬのは、大震災、豪雨による被害、円高といった、昨年の日本を覆う暗い空気の中にあって、ブータンのワンチュク国王夫妻が国賓として来日されことであろう。ブータンという国の位置も知らない人も多かったようだが、前国王が提唱した国民総生産(GDP)にかわる国民総幸福度(GNH)という概念を大切にする国と知り、ひょっとして日本の方が進む道を間違えているのでは、と恥じた人もいたに違いない。

ご訪問中の言動にいろいろと注目が集まったが、中でも福島県の被災地である相馬市の桜丘小学校を訪問され、児童を励まされたことは印象深い。国王はブータンの国旗にシンボルとして描かれている竜の物語に言及し、「君たちは竜を見たことあるかい?」と質問された。「えっ、えっ?!」と驚く児童たちに国王は次のように話された。

皆さん一人一人の中に竜はいます。竜は経験を食べて大きくなります。竜は年を重ねれば強くなり、大きくなるのです。自分の竜を鍛錬して、感情などをコントロールすることが大切です。皆さん、自分の中の竜を大切にしてください。この震災を経験として、竜を大きく育てて欲しいと思います。

“国民総幸福度”を標榜する国の代表者に相応しく、言葉に重みがある。そして図らずも、教育における“想像力の価値”を説いた明治期の或る外国人教師を思い出してしまう。

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は、一八九〇年(明治二三)四月、横浜に到着した。数カ月滞在していた間、近辺を散策し鎌倉と江ノ島も訪れた。その際の紀行文「江ノ島詣で」が残っている。鎌倉の巨刹円覚寺では、山門に彫られた奇々怪々な群竜を見た。竜巻の中から昇天する、羽の生えた昇り竜、そこから降りてくる降り竜、門扉には、口を閉じている竜と腮をカッと開いて威嚇している雄と雌の竜、それらが、渦巻く潮や波頭が、風霜のために石のように固くなり、白茶けた板から、もりもりうねり上りながら、浮彫りとしては実にすばらしい大胆さをもって、盛り上がっている様を印象深く記している。

松江に来たハーンは授業の合間を縫って寺社巡りに余念がなかった。その中に、松江市鹿島町佐太宮内の佐太神社がある。出雲二の宮として仰がれ、出雲国内諸社の間に特殊の地位を占めてきた古社である。荘厳な出雲造りの御本殿三社は国指定重要文化財となっている。

十一月末「お忌祭り」の頃、決まって海が荒れ、その荒れで島根半島海岸に打ち上げられた竜蛇を神社に奉納する習わしがある。今では南方産のセグロウミヘビと判明しているが、神秘性が感じられ、竜宮のお使い、諸々の災厄を除く霊物とし篤く信仰されている。

興味をもったハーンは「竜蛇上る」と聞くや、即日佐太神社へ拝見に出かけたと云う。

佐太神社の今一つの祭礼に九月の御座替神事がある。その際行われるのが「佐蛇神能」だ。起こりは極めて古く、出雲流神楽の源流といわれている。その内容は、直面の執物舞による「七座」と、祝言としての「式三番」、着面の神話劇の「神能」の三部から成る。国の重要無形民俗文化財に指定されている。

昨年十月二六日、ユネスコの事前審査機関が松江市の国重要無形民俗文化財「佐蛇神能」と広島県北広島町の同「壬生の花田植」の二件の登録を勧告した。先に記した通り、佐蛇神能は松江市の佐太神社に約四〇〇年前から伝わる三部構成の神楽(九月)であり、壬生の花田植は、着飾った女性たちが豊作を祈願して田植えをする農耕行事(六月)である。

嬉しいことに、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産登録が昨年十一月二七日に正式に決定した。地域の宝が世界の宝として認められたわけで、誠に御目出度く、誇りにも感じる次第である。これに励みと勢いを得て、本年が昇り竜の象徴する威勢のよい年になることを共に祈ろうではないか。

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