住吉神社

月刊 「すみよし」

『新刊「いのち燃ゆ。乃木大将の生涯」を読んで』
 照沼 好文 

この程、東京・赤坂の乃木神社・中央乃木会から、『いのち燃ゆ”乃木大将の生涯”』(1)と題した絵物語が出版された。同書ははじめ、当神社のご祭神八十年祭の折に、中央乃木会会員のためにまとめた『乃木将軍絵物語』であったが、来る平成二十四年九月十三日は、ご祭神の百年祭に当るので、その記念事業としてこの『絵物語』を、新たな装いにして青少年対象に復刻したという。

同神社宮司、高山亨氏の言葉のように、

[これまで]西洋のリンカーン、東洋の乃木といはれるほど、乃木将軍の伝記や資料は、多数出版されてゐます。しかし、そのほとんどが戦前のもので、特に戦後は、青少年を対象とした読本が全くといってよいほどないのが実情です。

というのが事実である。とくに、戦後における占領政策のもとで、従来の修身、公民、地理、歴史といった諸学科は姿を消し、それに代って所謂「敗戦史観」、或いは「自虐史観」を引摺って、今日に至っている。

こうした時、乃木将軍の生涯を描いた本書が刊行された意味は大きい。高山宮司は、乃木将軍が、「明治といふ日本の歴史の中でも一際(ひときわ)光輝ある時代に、日本人として、また一人の人間として、苦悩しつつも、全身全霊をもって懸命に生き、そして立派な生涯をおくられた」と述べ、そして「願はくば、この本を手にした皆さんが、乃木将軍との出会ひを経験し、人生を真正面からとらへ、苦難に打ち勝ち、世の為、人の為に貢献できる人間に成長される」ことを切望すると、本書刊行の意図を強調されている。

とくに、本書は小堀桂一郎氏(中央乃木会会長)の監修のもとに、各頁(全一二六頁)に挿絵を掲げながら、将軍の一生を平易に叙述している。

即ち、本文の構成は、

第一章 青少年時代/第二章 挫折と苦悩の青年将校/第三章 日本軍人の模範にならう/第四章 つひに、日露決戦/第五章 日本の平和と発展を願って

以上の五章から成る。以上の各章から、私は私たちが久しく忘れていた感動を呼び覚すことができたが、とくに小堀桂一郎氏が述べているように、明治三十七、八年の日露戦争において、「最も激しく苦しい戦闘」であり、難攻不落とされた旅順要塞攻略戦を、「四箇月半の辛抱強い攻撃の繰返しの後に遂に陥落させた」乃木将軍の功績、そして将軍は、「旅順要塞守備隊の司令官であったステッセル将軍に対する騎士道の礼を尽くした扱ひにより、世界中にその名の知れわたった英雄であり、仁慈の徳の模範と仰がれてゐた人」であったことが、本書に物語られている。

さらに、明治四十年将軍は、明治天皇の思召しにより学習院長を拝命。将軍の武人とは別のもう一つの顔は「昭和天皇をはじめ、多くの人材を育てた教育者」であったことを忘れてはならない。明治四十五年七月三十日に崩御された明治天皇の御跡を慕って、天皇の御大葬の当夜、乃木将軍御夫妻は、天皇のあとを追うように、所謂「殉死」を遂げられた。このことについて、さきの小堀氏はつぎのように述べている。

その貴族的な英雄が実行した主君への殉死といふ作法は、日本国内だけでなく、全世界の心ある人々に大へんな深い衝撃を与へました。古代・中世の昔ならばともかく、二十世紀の現代社会になほこの様な死の形があり得るのか、といった大きな驚きがひろがり、乃木大将とはいったい如何なる人で、その思想と人格はどの様にして形成されたのか、といった研究が様々の角度から試みられました。

そして今もなお、乃木将軍に関する思想、人格等の研究は、多くの人びとによって行われているが、将軍のようにすぐれた偉人、人物については、なお一層世の指標として広く顕彰され、日本の歴史と共に語り継がれていくことを願って止まない。

『いのち燃ゆ”乃木将軍の生涯”』

平成二十一年二月五日初版

監修 乃木神社・中央乃木会

発行所 近代出版社

 

『小泉八雲と国際文化観光都市』
風呂鞏

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)は一八五〇(嘉永三)年六月二七日、ギリシャでアイルランド人軍医を父に、土地の娘を母にして生まれた(注一)。一八九〇(明治二三)年に来日した八雲は、その年八月三〇日には松江に到着、島根県尋常中学校および師範学校で英語を教えた。

一年三ヶ月という短期間であったが、人生初めて教壇に立ち、最愛の伴侶と出逢い、神道の息吹にも触れることの出来た松江での濃密な日々、この美しい水の都への思慕が八雲の脳裡から終生消えることはなかった。

一九〇四(明治三七)年九月二六日、五四歳の八雲は東京西大久保の自宅で息をひきとるが、夙くも十年後の一九一四(大正三)年六月には、第一次「八雲会」創立発起会が松江で開かれている。

「八雲会」は会則に定めるように、“小泉八雲の文学を研究し、その功績を顕彰することを目的とする”ものである。年一回、六月二七日(八雲誕生日)頃に定期総会を開催、一九六五年の第二次「八雲会」発足以降は、機関紙『へるん』を毎年発行してきた。

 

一九五〇(昭和二五)年六月二七日、松江市と小泉八雲生誕百年記念委員会共催で「生誕百年祭」が盛大に開催された。手元に残る【小泉八雲生誕百年祭記念行事プログラム】を開くと、(Ⅰ)前夜祭 (Ⅱ)記念祭 (Ⅲ)郷土行事 (Ⅳ)ハーンの夕 (Ⅴ)ハーン記念展 (Ⅵ)小泉清個展 (Ⅶ)ハーン子供大会・童話大会 (Ⅷ)英文学並語学研究大会など、多彩なプログラムが企画されていたことが読める。

森口保編著『松江365日』(ハーベスト出版、二〇〇二)が述べるように、公会堂の記念式典には、八雲の三男小泉清夫妻、英国大使代理レッドマン夫妻、英国政府派遣フレーザー教授夫妻、東大名誉教授市河三喜夫妻、元ニューヨーク日本文化会館長前田多門をはじめ、全国の八雲研究者ら千人以上が参列。また、どう行列、バレー「雪女」の公演、語学研究会、小泉清展など、八雲を心から追慕する行事満載であった。

 

この百年祭が一大反響を呼び、国際文化観光都市建設法への契機となったのである。そして京都、奈良に次ぐ三番目の「国際文化観光都市・松江」が誕生した。

松江商工会議所が二〇〇七年に発行した『公式テキストブック 松江観光文化検定試験』の「国際文化観光都市」の項には、次のような記述がある。重なる部分もあるが、敢えてそのまま引用する(一六四頁)。

 

一九五〇(昭和二十五)年、「小泉八雲生誕百年祭」を期に、翌年の三月、松江国際文化観光都市建設法が国会で可決され、住民投票が行われ圧倒的多数の賛成を得て京都、奈良に次いで全国三番目の国際文化観光都市となった。松江は水の都ともいわれ、川や橋が多い。伝統的な文化的景観と相まって京都、金沢とともに三古都として、それぞれの市と連携しながら観光に力を注いでいる。また、イタリアのベネチアと似ているところから、東洋のベネチアともいわれる。松江市は中国の杭州市、吉林市、銀川市、韓国の普州市、アメリカのニューオーリンズ市とも友好都市提携をしている。

 

さらに毎日新聞社(西部本社)が出版した『激動二十年―島根県の戦後史』(昭和四十年)には、当時の市文化観光課長、岩坂慶蔵氏が百年祭、国際文化観光都市制定の裏話を次のように語っている。

 

百年祭には小林市長が観光都市という考え方から、大変な熱の入れようでした。一雄さん(八雲の長男)にぜひ出席してもらうよう交渉に行けということで、わたしが全権を依頼され、東京の一雄さん宅に行ったのですが、いっぷう変わった頑固な人だけに、プログラムを見せたとたん「こんなに盛大にやるのなら、お祭り騒ぎみたいになるから出席できない」と断られ大弱りしました。そんなわけで結局、遺族代表は清さん(三男)だけになりました。市長は百年祭を機会に、松江に英文学を主体にした“へるん大学”をつくる構想でした。たしか、二十五年の一月、吹雪の日だったと思いますが、富山大学に行き泊まりこみで学長と懇談、同大学に保管されていたハーン文庫(正しくは「へルン文庫」―筆者注)を松江市に新設する大学に譲ってほしいと頼み込んだのですが、駄目でした。

 

開府四〇〇年を迎えている松江はいま観光ブームに沸いている。出雲大社の大遷宮やNHK連続テレビ小説「だんだん」効果で、二〇〇八年に島根県を訪れた観光客は過去最高になったという。確かに、古代出雲の中心地であった松江は、宍道湖を初めとする美しい自然に恵まれ、伝統行事を伝える社寺も多く、歴史と文化を誇れる都市である。しかし、松江が人々を魅了する国際文化観光都市として今日あるは、松江の自然と歴史、伝統文化、そしてホスピタリティ(もてなしの心)を麗筆で海外に紹介した小泉八雲に負うところが極めて大なのである。このことを絶対に忘れてはいけないと思う。

島根大学すら、ひょっとして“へるん大学”になったかもしれない国際文化観光都市・松江、だが八雲が教えた島根県尋常中学校々舎は既にない。中学教頭西田千太郎の旧居も訪れる人のないまま廃屋同然放置されている。松江は八雲生誕百年祭の精神を想起し、もっともっと八雲への敬慕に徹する責務があるのではあるまいか。

(注一)ギリシャの写真や美術品を集めた企画展「ラフカディオ・ハーンとギリシャ」が小泉八雲記念館で開催されている。日本とギリシャとの外交樹立一一〇周年を記念したもの。今年四月二十五日から二〇一〇年三月三十一日まで

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