住吉神社

月刊 「すみよし」

『子供たちへの贈物』
照沼 好文 

この度、秋篠宮紀子さまが、日本語版『ちきゅうのなかまたち』という絵本を発表された(新樹社刊)。この絵本の原作(英語版)は、ビッキー・イーガン(文)、ダニエル・デ・ルカ(絵)の両氏によるもので、二〇〇五年にイタリアの出版社から発行されたという。また、この絵本は、「世界のさまざまな地域にくらす生きものを描いたシリーズ」全八巻から成り、キャッチフレーズには、主人公の「動物の子どもたちが好奇心いっぱいにくりひろげる物語をとおして、自然や動物の生態をまなぶ科学絵本」であることを唱っている。とくに、今回は全八巻のうち、『ビーバーのベン』と『オオカミのエリック』の二冊が出版された。

まず、『ビーバーのエリック』には、北アメリカにすむビーバーが主人公で、「洪水で家が流される!やんちゃなベンの叫び声で、みんなは家を守りました。大自然の恵みときびしさ、そしてビーバー家族のきずなを描いた心あたたまる物語」が、北米の大自然とともに展開されている。この絵本の監修者、河合雅雄氏(京大名誉教授)は、「ビーバーは、ダムや家をじょうずにつくる名建築家として知られています。なぜダムをつくるのでしょう。どんな家にすんでいるのでしょう。ビーバーの興味ぶかい研究が、たのしい絵本つくりに役立てられています」と、この絵本にでてくるビーバーの習性は、学問上からも正確であることを解説されている。ともかく、紀子さまは「子どもたちは、日々の暮らしのなかで、いろいろな動物と出会い、さまざまな関心をしめします。(中略)身近な動物との出会いをとおしてめばえるやうな興味を、自然のなかにくらす生きものに向けていく子どもたちも多くいます。私たちのまわりにある海や山、川や湖、森や林などの自然を深く理解する上で、動物との親しいふれあいは、子どもたちにとり、かけがえのない経験となることでしょう」と、読者への期待を述べておられる。

もう一冊の『オオカミのエリック』には、ヨーロッパに住むオオカミを主人公に、「すみかの森が消えていく!りはつなエリックは、長者のアオサギに相談し、家族は新しい森を求めて旅に出ます。自然を行きぬく、たくましい物語」が描かれている。この絵本の監修者、林良博氏(東大教授)は、「オオカミは森や原野で群れをつくって生活します。狩りも群れでおこない、子育てには両親だけでなく、群れの仲間たちが参加することもあります。オオカミ特有の生態が絵本にしっかりと反映されています」た、この絵本の正確さを解説されている。そして、紀子さまは、「子どもたちは、本を読みながら、いろいろな動物に出会います。(中略)読み終えてから、心をはずませながら物語のつづきを考えたり、にぎやかに『動物ごっこ』をして遊ぶこともあります。このように子どもたちは、たびたび本の世界で動物とゆたかにふれあい、生きものに対するイメージを、さまざまにふくらませていきます。(中略)この本を読まれる方が、新しいすみかを求めて長い旅をするエリックへの理解を深め、森の生きものにむけて、それぞれの思いをめぐらして下されば幸いです」と、この絵本に接した子供たちへ温かい期待をこめて、本書を結んでおられる。

ともあれ、この「豊かな心、科学する心をはぐくむ絵本」を手にした子供たちが、やがて成長したのちにも、読み返してみようと思うような魅力と、品格がこの絵本に備わっている。

 

『小泉八雲と隠岐』
風呂鞏

“忘れしゃんすな西郷の港 港の灯影が主さん恋しと泣いている”

ご存知、隠岐の民謡「しげさ節」である。隠岐(注一)といえば、誰でも直ちにこの唄を思い出すほど、紹介不要の、余りにも有名な民謡である。この哀調に満ちた唄を聞けば、流人の島へのさまざまな思いが蘇ってくるのではあるまいか。

隠岐の流人の歴史は古く、聖武天皇の神亀元年(七二四)、流刑の地と定められ、以後送り込まれた数は三千人余に達すると謂う。三百石積みの菱形回船で年二回運び、到着すると抽選で各村の庄屋に預けられた。結婚も許されていたらしい。

多くの公卿、学者、武将などが流されているが、承久の乱に失敗して、海士に配流になり、在島十九年、六十歳で他界された後鳥羽上皇(一一八〇-一二三九)や、正中の変、元弘の乱と、討幕を企てて失敗、隠岐へ配流されたが、在島わずか一年足らずで島を脱出、その後、建武の中興の新政を成し遂げられた後醍醐天皇(一二八八-一三三九)などは、よく知られている。

さて、小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーンは明治二十三年(一八九〇)四月に日本にやって来たが、それ以来、隠岐へ渡ることはいわば彼の宿望であった。

既にアメリカ時代に、西インド諸島のマルティ二―ク島に渡って文学作品を残していることでも明らかな如く、ハーンは近代文明の波に洗われたことのない島に対して、人一倍強い憧れを抱いていたのである。

ヨーロッパ人、宣教師さえ行ったことがなく、外国人に知られていない離島を訪問することは、『知られざる日本の面影』を紹介する、日本での第一作へ収めるにふさわしい内容であったが、日本人自身でさえも隠岐に就いて無知である事を知って、益々ハーンはより強く隠岐訪問への意欲を燃え上がらせた。

更にこの旅行の直接の動機として、B・H・チェンバレンとW・B・メイソンが、彼等の編集している英文の『日本旅行案内』第四版(一八九四)に隠岐の情報を入れる計画があり、ハーンの隠岐訪問を強く希望していた、という事実も存在していたのである。

約一年三カ月の松江滞在中に望みを果たせなかったハーンは、明治二十五年(一八九二)八月、夏休みを利用して、隠岐へ旅行した。すなわち、熊本の第五高等中学校に赴任した翌年の夏、セツ夫人と共に島前の知夫、浦郷から菱浦、島後の西郷と周った彼は、二週間にわたって隠岐に滞在し、その美しい想い出を『知られざる日本の面影』の「伯耆から隠岐へ」という作品の中に詳しく記しているのである。

セツ夫人の『思い出の記』に拠ると、次のような言葉が見られる。

熊本に居ました頃、夏休みに伯耆から隠岐へ参りました(注二)。隠岐では二人で大概の浦々を廻りました。西郷、別府、浦の郷、菱浦、みな参りました。菱浦だけにも一週間以上居ました。西洋人と云うものは初めてと云うわけで、浦郷などでは見物が、全く山のやうで、宿屋の向かひの家のひさしに上って見物しやうと致しますと、そのひさしが落ちて、幸いに怪我人がなかったが、巡査が来るなどゝ申す大騒ぎがありました。西郷では珍客だと申すので病院長が招待して下さいました。へルンはこの見物騒ぎに随分迷惑致しましたが、私を慰め励ますために、平気を装ふて「こんなに面白いことはない」などゝ申して居ましたが、書物にはやはり困ったやうに書いて居るそうでございます。御陵にも詣でました。後醍醐天皇の行在所の黒木山へも参りました。その側の別府と申す処では菓子がないので、代りに茶店で、「ゑり豆」を出したのを覚えて居ます。

ところで、去る十月二十日(土)の午後、NHKのBS-2で「おーい島根総集編!」が放映された。石見、出雲、隠岐各地方の特色ある風物が紹介された。ハーンのひ孫小泉凡氏も出演され、ハーンの作品から選ばれた珠玉の文章の朗読もあった。

御覧になった方々の印象はさまざまであろうが、筆者が中でも最も印象深く感じたのは、隠岐相撲(「柱相撲」と呼ばれる)であった。他所と違って、隠岐では、必ず二番相撲を取る。最初の一番が実力勝負であることは無論であるが、一番目の勝負で勝った側は、二番目の試合では必ず負けることになっている。お互い一勝一敗となったところで、土俵の上で相手を持ち上げ、お互いの健闘を讃え合い、兄弟の契りを結ぶ。これが隠岐相撲である。何と涙の出るほど微笑ましい風景ではないか。

お互い毎日顔を会わせざるを得ない狭い島の中での生活、そこに憎しみや不満を残さない生活の知恵、歴史と伝統の重みが此処にはある(注三)。

当然ながら、あの“隠岐騒動”を知っていたハーンが、隠岐の相撲を見たかどうか、定かではないが、旅行後の感想には次の如く、満足した様子が覗われる。

あすこにいれば、日本の内地では感じられない、どこまでも伸びていく文明の圧力から逃れているという喜びを感じ、特に島前では、人間生活の万事が人工づくめな領域をこえて、本当の自己を知る喜びが感じられた。

(注一)隠岐は人の住む四つの島と、百八十余の無人島から成る群島である。四つの有人島のうち、本土に近い知夫里島、西ノ島、中ノ島を島前(どうぜん)といい、本土から遠い大きな島を島後(どうご)と呼んでいる。
(注二)伯耆への旅行は、実際は前年であった。
(注三)このことに関連して思い出すことがある。明治維新の頃に、隠岐騒動が発生した。その際、島民は松江藩の役人を追放したが、役人を船に乗せて追放した時に、その船に酒と米とをちゃんと積んであげたという。隠岐の人々は、自立の精神と同時に、政治的な立場が違うだけの相手に対する寛容さを併せ持っていたのである。

バックナンバー
平成27年 1月 2月 3月 4月 5月
平成26年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成25年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成24年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成23年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成22年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成21年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平成20年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月